黄昏

黄昏に染まる如月の空

海辺の小さな公園は身を切るような寒さに凍てつきながら茜色の光に沈もうとしていた。

ウッドデッキのベンチに二つの影が背中を合わせている。

一人は少年
一人は男

共にうつむき互いの存在などまるで無いかのようだ。

沈黙の時間が続き、空の赤みが紫色に変わる頃、
背中越し、同時についた溜息で二人は合わせるように顔を上げた。


「結局ダメだったじゃないか!」
「・・・」
「この三年間やりたいことも我慢してずっと頑張って結果受かったのは滑り止めだけさ」
「でも、あなた頑張ったじゃない」
「頑張ったって・・結果がついてこなけりゃ何にもならない、オレの力なんてこの程度なんだ」
「そんなに自分を悪く言わないで」
「医者になるなんて、無理に決まってる!」
「そんなことないわ」
「何のために勉強なんかするんだ?意味がないよ、ねぇ母さん!!」


少年は再び無言でうつむく。


「社長」
「融資の件、東都銀行が打ち切ると言ってきました・・」
「駄目だったか・・」
「どうしましょう」
「どうもこうも、このままじゃ工場の再建は厳しい・・不渡り確定だ」
「悔しいですね、苦しいときにこそ助けてほしいのに」
「中小企業は切ないよな、天災なんだ、もう少し情があってもいいじゃないか」
「・・・」
「ちょっと出かけてくる」
「どちらへ」
「疲れたよ・・」
「社長、変なこと考えないでくださいね!」


男は無言で天を仰ぐ。


背中合わせの二人が何か意を決したかのように立ち上がった時だった。

「お二人さん」

思いがけない呼びかけに二人は同時に顔を向けた。
そこには一人の老人。

「まさか・・・死にたいなんて思ってやしないだろうな?」

その言葉に二人はピクっと反応した。

「あなたは?」
「いや、毎日朝と夕方にここに掃除にやって来る近所の爺さんだよ」
「何で?」
「いや、何、二人ともこれ以上ないってくらい憂鬱な様子だったんでね」
「・・・」
「話すだけでも楽になるぞ、知らないオレならいいだろう」

老人は二人を夕闇の迫るテーブルへといざなった。

「暗いほうが話やすいだろ、でもさすがに寒いか、ほれっ」

老人はブルゾンのポケットから缶コーヒーを差し出し二人に小さく投げた。
二人はあわてて受け取る、熱さに思わず両手で持て余す、買ったばかりのものだとわかる。

冷え切った二人の手をじわじわと缶の温もりが伝わっていく。
その時初めて自分たちの体が凍えきっていることに気が付いた。

「いただきます」

熱いコーヒーが喉から胃に沁み渡るように流れ落ちる。


「・・・・そうか、二人ともそれは辛かったな」
二人は否定せずにうなずいた、気持ちを分かってもらえたようで嬉しかった。
「でも、死んじゃダメだぞ」
「・・・」
「陳腐な喩え話だがな」
「喩え話?」
「人生時計って聞いたことがあるか?」
「いえ、知りません」
「たしか・・人生を24時間にするとってやつですか?」

「ああ、人生80年を24時間とするとして、簡単な算数だ、40歳は何時になる?」
「正午です」
「で、あんたは今いくつなんだ」
「44になります」
「午後1時ってところだな」
「・・・そうなりますね」
「ちょっと走りすぎて疲れたんだろ、昼飯もロクに食わんで走り続けてきたんじゃないか?」

男はこの10年間の働きづめの毎日を思った、死んだ父親から会社を継ぎ、少ない従業員とともに必死で働き続けてきた日々を。

「すこーし休んでも罰は当たらないぞ、まだまだ午後は長い、休んだ後にまた頑張ればきれいな夕焼けも見られるし、家には温かい夕飯と団欒がきっと待ってる」

男は老人の目を見つめながらじっと話を聞いていた。

「君は何歳だ?」
「15です」
「では何時?」
「朝の4時半」
「さすが、受験生だな」

「まだ起きる前だぞ」

少年はふと受験生に戻る、長い数直線の端の方を歩く自分が頭に浮かんだ。

「これからようやく起きて1日が始まるわけだ、今はさしずめそのためのエネルギーを充電してるってところかな、勉強はそのガソリンみたいなもんだ、起きた時ガソリンが無かったらどうなる?」

少年はじっと目を見て・・しかし答えなかった。
その代りに

「おじいさんは、今、何時ですか?」

「オレか・・オレは1日が終わる1秒前だったな」
「1秒前?」
「だった?」
「特攻隊の生き残りだ、終戦の翌日、二十歳の誕生日が出撃の日だった」
「えっ」
「今年で戦後50年だよな、この50年はオマケみたいなもんだ、それから時計は止まったままだ、生かされたんだよ」
「・・・」
「とにかく生きろ、死んだらきれいな夕焼けも見られんぞ」

少年と男は顔を見合わせ、残りのコーヒーをゆっくりと流し込んだ。




15年後

「お父さん、お客様ですよ」
「うん、誰だ?」
「何でも昔お父さんに世話になったとかって」

「こんにちは、僕らのこと覚えてますか?」

老人はベッドの上から二人を見つめると微かに笑いうなずいた。

「これでも記憶力だけは自信があってな・・生きてたか?」

「あの時の言葉で救われました」
「コーヒー美味しかったです、ありがとうございました」
「そうか、そりゃよかった、だがオレはどうやら本当に1秒前みたいだ」

「・・・知ってます、二人で調べて『磯崎さん』のこと、それで今日来たんです」

二人はベッドの前に整列したあと気をつけのまま敬礼をしてみせた。
そして、涙を浮かべながらこう言った。


「時計を巻き戻しに来ました!」


「あれから頑張って会社を立て直しました!」
「僕は・・医者になりました!」
「磯崎さんのおかげです」

二人は磯崎に近づくとその手を取って言った。

「僕が治します」
「治療費は私がすべて」

磯崎は静かに二人の手を握り返した。

「ありがとうよ、それじゃ、もう少し頑張ってみるか、寝る前に美味いブランデーが飲めるようにな」

磯崎は静かに目をつぶった。
穏やかな目から温かい涙が一筋流れた。

「生きてると・・いいことあるよな・・・」

「はい!!」


狭いアパートの2階の窓からはあの日と同じようなきれいな黄昏が街を包み込んでいた。




黄昏









※ 作品の画像の中には自分で撮影したもの以外にネット上からお借りしたものがあります、問題があればご指摘ください、削除したします。






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.01 2015 小説 comment2 trackback0

comment

尾道貴志
miss.key さんへ

「唇をかみしめて」は確か「刑事物語」の主題歌でしたね。歌いだしのフレーズが印象的ですぐに思い出しました。
 この夏の戦後70年の特集で多くの元兵士の方のドキュメントを見たんです。その体験たるや、誰もが頷くか頭を垂れるかしかありません。だからこそ言葉に重みがあります、このお話の中の台詞も平和な時代に生きてきたありふれた人の言葉じゃ二人の心には響かないと思いました。
 
2015.09.03 01:11
miss.key
 おじいさん、時計が止まってその後はおまけで生きてきたというのに生への対し方がとても前向き。
 以前、吉田拓郎の「唇をかみしめて」の考察を私のブログでやりましたが、その時青年に話しかける老人を思い出しました。「何かはワカラン 足りんものがあったけん 生きてみたんも 許される事じゃろう」人は時計が止まっても生きていくものなのかもしれませんね。それはもう義務みたいなものなのでしょう。そこに意味を見出せないと生きていけないと思ってしまうのは人の傲慢なのでしょうか。
2015.09.01 21:53

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