アリバイ

「こんにちは、今日もいい天気ですね」
 老人はヘッドフォンを耳から外すと薄いサングラス越しに中崎を見た。
「この先に住んでいる『谷口』と言います、いつもお見かけするので・・」
 中崎はこの数か月、ずっと老人が気になっていた。
 毎日計ったように正午になると公園に現れ、あずま屋で弁当を広げながらヘッドフォンで音楽を聴いている、雨の日も、驚くかな大雪の日もだった。

「それはそれは、私は山下と申します、隠居の身でしてね」
「何をお聴きですか?」
 腕時計を軽く右手で触れた後、
「ビートルズです、この歳になって聴き始めましてね」
「そうですか、私も大好きでしてね、よろしければ今度私のCDをお貸ししますよ」
 老人は顔の下半分で微笑むと会釈した。
「それはありがとう、楽しみにしています」


 その計画はふたつの偶然から実行された。
 
 待合室で待っている一人の男をガラス越しに見た時、中崎は目を疑った。
(信じられない・・あれ・・オレじゃないか・・鏡を見てるみたいだ)
 次の瞬間中崎の頭に稲妻が走った。
(これ・・使えるかもしれない・・)

 中崎は事務室に飛び込み、二人の部下に命じた。
「高島君、安田さん、来週の求人を取ってきてくれ」
「これからですか?」
「あとは僕がやっておくから、その代り3時まで回ったら直帰していいよ」
 二人は急な営業の指示に初め少し眉を曇らせたが2時間も早く直帰して良いと言われ相好を崩した。

 二人が裏口から出かけたのを確認すると中崎は化粧室に入る、眼鏡を掛け、つけヒゲをつけ頭髪をリーゼント風にまとめ鏡を見た。

 (よし、これなら大丈夫だろう)

 中崎は待合室へ出ると待っていた男に声をかけた。
「どうぞ、面接室へ」

「仕事のご希望は?」
 中崎は一通り登録資料に目を通すと男に尋ねた。
「はい、先週勤めていた会社が倒れまして・・正社員が希望ですが差し当たり日払いの仕事で当座の生活費を・・」
 中崎は深くうなずくと男ににこやかに話しかけた。

 毎日定刻に現れる老人と自分とうりふたつの男の出現。
 この2つの偶然の出会いが、彼が心の奥に温め、おそらくは実現不可能と思われた計画の導火線に火をつけてしまった。

「ちょうどよかった、実はひとつすぐにお願いしたい仕事がありましてね」
「はい」
「明後日の正午、ここに書いてある公園に行って、このCDを渡してほしいんです」
「山下さんというご老人の方で、うちで登録されている谷口さんという方に急用ができてしまいましてね」
「届けるだけでいいんですか」
「実は、あなた谷口さんにうりふたつなんですよ、私も今お見かけして驚きました、そこで谷口さんのふりをして少しでいいので山下さんとお話してきてくれませんか、山下さんも一人暮らしで谷口さんとお話しするのを楽しみにされているんです」
「なるほど」
「前渡しで2万円お払いします」
「えっ2万もですか?わかりました、よろしくお願いします」


「私は人を殺してなんかいません!」
 取調室の中で中崎は二人の刑事を前に自信満々に言い放った。
「はたしてそうかな、お前さん、被害者を相当恨んでいたそうじゃないか」
「そりゃやつが裏切ってうちの顧客と派遣社員を根こそぎかっさらって同業を始めたんですよ、当然でしょう、おかげでうちは倒産寸前だ」
「動機は十分だな」
「ニュースで見ましたけど、現場は沖縄なんでしょ、私はその日東京にいたんです、証人がいますから」


「山下さん、こんにちは」
 老人はその声を聴くと軽く右手で腕時計に触れ、おもむろに顔を上げた。
「谷口さんですな、先日はありがとうございました、お借りしたCDです」
「どうでしたか?」
「知らない曲ばかりで初心者には新鮮でした、パソコンに入れさせてもらいましたよ」
「そうですか、それはよかった、これよければ」
 中崎は別のCDを山下の前に差し出した。
 少しまごつくそぶりを見せた山下の手にCDを握らせると
「じゃ、また」
 中崎は足早に公園から走っていった。


「証人て言うのはお前さんが言ってた公園のご老人かい?」
「ええ、その日、CDをお貸しするのに会ってますから、きっと証言して下さるはずです」
「なるほどな、でもアリバイ作りの替え玉ってことも考えられるよな」
「そんな!代わりの人間が行ったってバレるに決まってますよ」
「いや、バレることはないかもな・・」

 刑事のいわくあり気な物言いに中崎の顔にかすかな不安の色が浮かんだ。

「お前さん、もしかして知らなかったんじゃないのか?」
「知らなかったって・・何をですか?」

 中崎は心の中の不安を押さえつけるようにし平然を装って尋ねた。

「山下老人の眼のことさ」
「眼・・」
「どうやら図星と見たな」
「弱視でな・・人の顔はほとんど見分けられないんだ」
「えっ・・でも杖もついてないし」
「自宅から公園までの道はものの100メートルほどで比較的安全なんだそうだ、毎日訓練のために杖なしで歩いてる」
「でも、その日私は実際山下さんと会ってるんですよ!」
「お前さんかどうか、見分けられないよな」
「でも・・刑事さんが言う替え玉かどうかも証拠がないですよね!」

 中崎は体中の不安を全力で押さえつけながら反論した。

「わかるよ」
「・・・」

 中崎は微かに震えながら次の言葉を待った。

「声で判断してるんだ」
「えっ」
「えらいおじいちゃんだよ、一度話した人と再会した時に声で聴き分けられるように家に帰って『復習』してるんだそうだ、相手に失礼にならないようこっそりとこいつに録音してね」

 中崎の混乱した頭の中に繰り返し見たある光景がぼんやりとよみがえった。

 刑事は中崎の前に銀色の腕時計を置いた。
 よく見ると赤く光っている文字が・・


「Rec」


 「自白するかい、少しは情状酌量ってことになるかもな、それとも調べてみるかい、声紋」

 中崎は「Recの文字をじっと見つめた。

 やがて時間が切れたのか文字は点滅を始め、10回ほど瞬いた後に緑色へと変わった。


「End」




公園のベンチに座っている老人





※ 作品の画像の中には自分で撮影したもの以外にネット上からお借りしたものがあります、問題があればご指摘ください、削除したします。



関連記事
.07 2015 小説 comment4 trackback0

comment

-
miss.key さんへ

なるほど・・ミステリーは難しいですね。
特に科学が発達した今では「替え玉殺人」のトリックは絶滅しました。
DNA鑑定がミステリーを駆逐していきます。

心理トリックだけは科学に負けないかもしれません。
「白夜行」は秀逸ですね。

「失踪」は使えそうです・・よし、いつか挑戦だ!
2015.11.17 01:15
miss.key
 アリバイを作るより殺人である事を悟らせない方が完全犯罪はしやすいような気がするのであります。
 例えば失踪。本人を殺したら誰にも見つからないように遺体損壊、跡形もなく処分。色々方法はあるでしょうが、これが一番ええんとちゃいますー?
2015.11.15 13:07
尾道貴志
sado jo さんへ

コメントありがとうございます(^^)
ミステリーに手を出してみちゃいました。
難しいですね。
アイディアは出尽くした感があり、この話も誰かがもう考えていたかもしれませんね。
先人の足跡に敬礼です。
近代の科学捜査の前にはあらゆるトリックが無力です。多くのミステリー作家ごDNA鑑定を恨んでいることでしょう。

人間の心が最後のミステリーか(^^)
2015.05.15 22:08
sado jo
コメントが遅くなりました(陳謝)
トリッキーな完全犯罪を企む…ってのはよくありますが、何処かに必ず落とし穴がありますね。
よくよく考えれば、この世に完全なものなど一つも無い…と言う教訓を導き出すものですね^^
2015.05.15 15:18

post comment

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackback

trackbackURL:http://garakutakan2012.blog.fc2.com/tb.php/77-726c05f0

新発売!

Kindle版

訪問者

来店中

現在の閲覧者数:

アルファポリス

投票ありがとう!

クリックありがとう

新着記事

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

星新一に出会う

オススメ  SFファンタジー

おすすめDVD

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

ブロとも一覧