カバのうどんこ

 桜の花も散り、葉桜となった窓際の大きな木から初夏を予感させる優しい木漏れ日が2年1組の教室に揺れている。

 洋子先生の元気な声が響き渡ったのは給食の後片付けが済みかけた頃。

 「みんなー、聞いてくださーい」
 子供たちが一斉に先生の方を向いた。
 「今日の午後は朝お話した特別授業です、外に遊びに行かずにそのまま席についてくださいね、トイレに行きたい人は今のうちにね!」

 水原洋子先生は新卒の新米先生、この4月から担任をしてまだ半月ばかり。
 子供たちはいつも元気な洋子先生が大好きだ。
 その中でも甘えん坊のユタとカナはすぐに先生の足にしがみついてくる。

 「せんせい、とくべつじゅぎょうってなにやるの?」
 「この町に昔から住んでるおじいちゃんに戦争があったころのお話をしてもらうの」
 「えーカナこわいかも、だいじょうぶかなぁ」
 「この学校は100年以上も昔に建てられたのよ、昔のことを知るのも大切な勉強なの」
 「ふーん、わかった、でもぼくやっぱり洋子せんせいのじゅぎょうのほうがいいな」

 その時、教室の扉がガラガラと音を立てて開いた。
 歴史ある校舎を保存しようということで、今では珍しい木造の校舎を補強して使い続けている、洋子先生はこの何とも言えない温かみのある教室と子供たちが大好きだ。

 教室は一瞬の間に沈黙に支配された。
 小学校の教室は生徒と先生以外の「異端者」が入って来た時には凍りつくものだ。
 入口には初老の紳士が立っていた。

 「こんにちは」

 老紳士はおだやかにお辞儀をした。
 
 洋子先生は状況を咄嗟に察したようだ。
 
 「はい、みんな席について!特別授業の先生がいらしたわ」

 25人の子供たちは静かに教卓の上の紳士を見つめる。
 緊張した静けさの中、老紳士はおもむろに口を開いた。

 「今日はみんなにお話をしたいと思います」

 子供たちの緊張が続く中、老紳士は手に抱えていた大きな袋から何かをゆっくりと取り出した。

 次の瞬間、教室中に歓声が沸きあがった。

 「お人形さんだ!」

 老紳士が取り出したのは腹話術に使う少年の人形だった。
 両側の口元が割れているあの人形だ。

 「では・・まず最初のお話は・・カバのうどんこ」

 老紳士は人形に語りかけながら話を始めた。

 「ねえ、聞いてくれよ、けんちゃんのうちの前に立ってたらいきなり頭をたたかれたんだ」

 (え・・・?) 

 洋子先生はいぶかしげな顔で老紳士の顔を見た。

 人形が尋ねる。

 「だれにたたかれたのかな?」
 「あっという間に玄関の中に消えちゃったけどけんちゃんにきまってるさ」
 「それで」
 「くやしいから、けんちゃんの家のへいに悪口書いたんだ」

 子供たちは話に引き込まれるように微動だにせず「二人」を見つめている。

 「わかった、けんいちのバカって書いたんでしょ」
 「ちがうよ」
 「どうして」
 「だって、ぼくもけんいちだもん」

 子供たちの中からクスクスっと笑い声が漏れた。

 「だから、こう書いたんだ」

 老紳士はチョークを取り出し黒板に大きく書いた。

 「こんどうのバカ」

 「読んでごらん」

 人形はしばらく考えたあと、大きな声で逆から読み始めた。

 
 「カ・バ・の・う・ど・ん・こ」 
 
 「なに、これ?」

 子供たちはその瞬間大きな声で笑い出す、人形の読み方があまりにもおかしくて、とぼけていて・・・

 そして教室には自然と大きな拍手が・・

 「もっとお話ししてー」

 老紳士は嬉しそうに目を細めてうなずいた。


 
 「校長先生、それでそのあともずっとそんなお話ばかり、子供たちは大喜びでしたけど、戦争のお話はまったくなくて」
 子供たちを返した後の校長室で洋子先生は校長先生に向けてとまどいながら事にいきさつを話した。
 「水原先生ごめんなさいね、校長会が延びてしまって、あたしが最初にお会いしなくてはいけませんでしたね」
 「いえ・・」
 「そのお話は詩人のまど・みちおさんの詩ね、楽しいお話だわ、でもそれはそれでよかったじゃないの、まだ二年生だし戦争のお話を聴く機会はこの先いくらでもあるわ、まあ、お茶でものみましょう」

 その時ノックの音が・・

 扉を開いて入って来たのは「見知らぬ」老紳士・・・

 「今日は本当に申し訳ありませんでした・・せっかくのお話の機会をいただきましたのに・・・人身事故で二時間近く電車の中に缶詰にされてしまいまして・・私、携帯電話なども持っていないものですから・・」

 老紳士すまなそうに頭を下げた。

 ・・・老紳士が校長室を辞した後、洋子先生はきつねにつままれたように校長室を見渡した、その時である。
 
 「校長先生・・あの写真は?」

 洋子先生の指差した先には額縁に入れられた一枚の写真があった。

 「歴代の校長先生のお写真よ、水原先生は着任式の時以来かしらね、ここに来たのは」
 「今日来た老紳士・・・あの方です」
 「えっ」
 「あの方です」
 「他人の空似でしょ」
 「いえ、間違いありません!」
 「・・・」

 校長先生はしばらく考えたのちゆっくりと話し始めた。

 「あの方は林先生、戦時中にこの学校を守っていた方と聞いてるわ、何でも子供たちと過ごすのが大好きで、誰か担任の先生が病欠されると決まって、授業に行ったそうなの」
 「・・・」
 「そうそう、腹話術が得意で人形と一緒に映った写真が昔のアルバムに残っているのを見た記憶があるわ」
 「もちろんご存命のわけないですよね」
 「終戦間際の空襲で亡くなったそうよ、校舎の一角が焼けてその下から見つかったと聞いています」

 
 「じゃあ、あの方は・・・・」

 洋子先生と校長先生は顔を見合わせた。

 壁にかかった写真の額縁がコトリと音をたてて傾いた。




校長先生

人形






  ※ 作品の画像の中には自分で撮影したもの以外にネット上からお借りしたものがあります、問題があればご指摘ください、削除したします。


  参考文献 まど・みちお 「カバのうどんこ」 
 


 
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.05 2015 小説 comment4 trackback0

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尾道貴志
Sha-Laさんへ

お久しぶりです。
コメントありがとうございました。

またまた更新期限が迫ってきてしまいました(^^)
次のアイデアがなかなか出ないのですねぇ・・

お叱りの広告が出る前にまたちょっと家出して
次の作品を練ってまいります。

では、また(^^)

2015.05.03 00:16
Sha-La
こんにちは。
ご無沙汰しておりましたが、やはり尾道様の書かれる素敵な作品には
とても心惹かれます。

「担任の先生が病欠されると代わりに授業に行く校長先生」。
今回も、戦争のお話をされる予定の老紳士さんが来られないということで
出てこられたんでしょうね。
空襲で校舎の一角で亡くなられた林先生。
いつまでも子どもたちを見守っていてくれているんだなあと思いました。
2015.04.30 22:25
尾道貴志
miss.key さんへ

実はこのお話、半分が実体験で半分が創作なんです。

どの部分が実体験かは・・・ご想像にお任せしますね。

「大好き」と言ってもらえてうれしいです(^^)
2015.04.06 01:12
miss.key
 校長GJ
 戦争の話と言うから、よくあるくらーい話になってしまうのかと思いきや、いやいや、してやられました。こういうお話は大好きです。
しかし校長、ある意味地縛霊?なんでしょうが、これは何かの使命感と言うよりは、それをすることが楽しくてしょうがないって感じですかね。草葉の陰で常に出てくる機会をうかがっていそうです。愉快な幽霊は大歓迎です。はい。
2015.04.05 17:06

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