夕暮れバス

岬


 春まだ浅い北の岬。

 バスは灯台のほとりで二人を降ろす。
 10分後、乗客は空っぽのままバスは海沿いの道を戻っていった。

 「着いたよ」
 和人は由美の目を見て微笑んだ。
 「ここが和人の育った所なのね」
 「どう、驚いた?」
 「聞いてはいたけどちょっと驚いた」
 
 岬には岸壁の上に突き出た灯台があるだけ。
 それでも夜には沖を行く船の命を預かる女神の光となるのだろう。

 灯台の側には海岸に降りていく山道が一本。
 見下ろすとわずか十数軒ばかりの集落が身を寄せ合うように建っていた。

 「すごい田舎だろ、見てごらん、この時刻表」
 「えっ・・これだけ?」
 「ああ、バスは一日二往復だけ」
 「これで通学してたの?」
 「もちろん、町へ行くのは朝の6時と今折り返した昼の11時の2本」
 「帰りは?」
 「僕らが乗ってきた朝の9時と夕方の6時、僕ほど規則正しい学校生活を送った高校生はいないね、毎日往復4時間の通学さ」

 和人はちょっぴり恥ずかしそうに肩をすくめて見せた。

 「じゃ、行こうか」
 「ええ」

 
 布団の中には一人の老女が寝ていた。
 

 「おばあちゃん・・聞こえる?和人です」
 和人が耳元で囁きかける。
 「和人かい・・聞こえるよ」
 彼女は仏様のような笑顔と消え入りそうな声で応えた。
 「この人はね、川口由美さん、僕のお嫁さんになる人」
 「・・そうかい・・よかったね」
 「おばあちゃん・・はじめまして、由美です、よろしくお願いします」

 和人と由美は代わる代わる彼女の手を握りしめては微笑みかけた。
 何度もうなずく彼女の頬を大粒の涙がいく筋も流れた。

 「和人、由美さん・・よく来てくれたね・・間に合った・・」
 和人の母も枕元でまた涙にくれていた。
 
 
 翌日、二人は夕暮れの灯台にいた。

 「由美、どうもありがとう、わざわざ来てくれて」
 「ううん、和人のおばあ様に会えてよかった」

 早春にしてはあたたかい風が岬を流れる。
 二人の頬を優しく撫で由美の長い髪が風に揺らめいた。
 眼下に見える果てしない海は夕日を浴びて絵葉書のように美しい。

 その時だ。
 背後から微かなエンジン音が・・

 由美はその音に振り返る。

 「あら、バスだわ」

 海沿いの一本道を灯台に向かって一台のボンネットバスが近づいてくる。
 黄昏時の群青色の中をまるで蛍が泳ぐようにバスの光は灯台の下で止まった。

 和人の表情が一瞬凍りつく。

 「由美、あのバスが見えるのかい?」
 「ええ、でも変ね、バスが着くのは夜の8時でしょ」
 「本当に見えるんだね」
 「ちょっと見てくるわ」
 
 バスに向けて走り出そうとする由美の腕を和人が掴んだ。

 「由美!だめだ、行っちゃいけない!」

 振り向いた由美を和人は自分の方に引き寄せ、そして後ろから抱きしめるようにして耳元でゆっくりと話す。

 「よく見てごらん・・・あのバスは0番バス、ここに住んでいる人にしか見えないバスって言われてる」
 「えっ」
 「亡くなった人を迎えにくるバスなんだ」
 「和人は見たことあるの?」
 「うーん・・小さい頃に・・でも幻だろうって・・」
 「ねえ、誰か乗るわ」
 和人はその光景を見つめると悟ったようにつぶやいた。
 「・・・おばあちゃんだ・・きっと」

 遠い彼方、わずかにのぞいていた夕日の最後の一片が、今、水平線に没した。

 「一緒にお別れを言ってくれるかい」
 「ええ・・」

 バスは黄昏の道を走り出す。
 すると、暗闇に消えていくと思いきや、その光はゆっくりと空へ向けて舞い上がっていった。

 「さよなら・・おばあちゃん」
 二人は両手を重ね合わせて光が空に溶けるのを見届けると静かに目を閉じた。
 暗闇が二人を包み込む。

 
 町へ帰った翌日
 和人は由美の体に新しい命が宿ったことを知った。



夕暮れバス

黄昏の海


 



※ 作品の画像の中には自分で撮影したもの以外にネット上からお借りしたものがあります、問題があればご指摘ください、削除したします。




関連記事
.24 2015 小説 comment6 trackback0

comment

尾道貴志
きりぎりす さんへ

重松清さんの作品はずいぶんと読んではいるのですが、流星ワゴンは未読です。
ご紹介いただき感謝します。
身も心もクタクタの日々というフレーズにドキッとさせられました。
思い切り泣きたくなる、泣きたい、その気持ち共感します。

タイムスリップものは料理の仕方次第で面白くも陳腐にもなります。
映画だと「地下鉄に乗って」が好きです。

もちろん「バックトゥザフューチャー」や「時をかける少女」にも心躍らせました(^^)

僕は鉄ちゃんなので、秘境駅の時刻表などが結構ツボなんです。
今回はそれもモチーフにしました。

とりとめもない記載でごめんなさい。
きりぎりすさんのコメントに刺激を受けてしまいました(^^)

ありがとうございました☺️
2015.02.11 22:19
きりぎりす
タイムスリップして来たようなボンネットバスが愛する家族を送り届けてくれて,次に期せずして新たな命(愛する家族)の到来がある。
まるで倒木の傍から若芽が息吹くような…輪廻転生を垣間見ているような…そんなファンタジーです。
保守的な環境であろう田舎育ちの主人公が都会で暮らすうちにできちゃった婚するあたりも風刺が効いていますね。
いつもながら熟考を重ねられた面白い構成だと感心しております。

もう十年以上も前のことです。
身も心もクタクタな日々の中で「泣ける小説」を探していたところ,友人に勧められた一冊の本がありました。
涙を流すまでには至りませんでしたが,噂通りの作品で今でも深く印象に残っています。
最近それがドラマ化され録画していますが,残念ながら時間に余裕もなく溜まる一方でまだ観ていません。
原作は主人公が過去からタイムスリップして来たクルマに乗って死者と旅する物語なのですが,尾道さんの作品に触れて想起させられたのか?今度の休日にでも観てみようという気を起させて頂きました。
ちなみに作品の名は,もうお気付きになられているやもしれませんが,本の雑誌の年間ベスト1にも輝いた重松清の「流星ワゴン」です。
2015.02.10 14:34
尾道貴志
大海彩洋 さんへ

不思議ですね。
別の人が同じシーンを思い浮かべるなんて(^^)

デジャヴューとか・・世の中には科学では説明できない世界があるのかもしれません。

同じ景色を共有できればうれしいです。

素敵なコメントどうもありがとう!
2015.01.28 02:47
大海彩洋
こんにちは。大海と申します。
ちょっとジーンときましたのでコメ書きにお邪魔させていただきました。
実は私もmiss.keyさんと同じことを思ったので、何だか不思議な気持ちになりました。そう、きっとバスから降りた人もいたのですよ!
灯台、海、めったに来ないバス。短い中に光景がそのまま浮かぶようで、そして、命の煌めき・オーラのようなものを感じました。
2015.01.27 23:18
尾道貴志
miss.key さんへ

「なるほど」(^^)

秘境地のバスって趣があっていいですよね。

「本当に来るのかな・・」って

来た時ってちょっと感激します。
2015.01.26 23:11
miss.key
 実はバスから降りた人も居たのではなかろうか。由美さんのお腹の前で「これからお世話になりまーす」なんてね。
2015.01.24 11:36

post comment

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackback

trackbackURL:http://garakutakan2012.blog.fc2.com/tb.php/71-ed815b35

訪問者

来店中

現在の閲覧者数:

アルファポリス

投票ありがとう!

クリックありがとう

新着記事

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

星新一に出会う

オススメ  SFファンタジー

おすすめDVD

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

ブロとも一覧