「賢者たち」の贈り物

 師走。
 
 凍えた空ではオリオンが起き上がる準備をしている。
 
  暦が繰られるのを合図に街中には色とりどりのイルミネーション、青に赤に緑に白、華やかな光は街行く人々の心を浮足立たせる。

 「あっ、あかりさんだ!」
 元気者のゆりの声をきっかけに子供たちが駆け寄る。
 明香里はたちまち10人近い小さなファンに足元を囲まれた。

 「ねぇ、手、だいじょうぶ?」
 「いたくない?」

 心配そうに尋ねる子供たちに明香里は無理に笑顔を作り答えた。

 「うん、大丈夫よ、お姉さん強いんだから」

 明香里の左腕は固いギブスの内側にある。
 肩から吊るした白い包帯が痛々しい。

 「あら、明香里さんこんばんは」
 「こんばんは、シスター」

 明香里は弱々しい声でシスターに会釈した。

 「怪我の具合はどう?」
 「はい、痛みも収まりました、あとひと月もすればギブスも外れるってお医者さんが・・」
 「そう、よかったじゃない」
 「でも・・」

 明香里はそう言いかけるとシスターにもたれかかった。
 溢れ出る涙が白いベールにいく粒もこぼれた。

 「バイオリンはもう弾けないって・・」
 「えっ」
 「左手の指先に麻痺が残って・・今も動かない・・」

 明香里はそれだけを告げるのが精いっぱいだった。
 とめどなく流れる涙、かすれる声、子供たちが心配して集まってくる。

 「あかりさん、いたいの?」
 「オレがさすってやるよ」

 明香里は24歳、音大に在学中から児童福祉施設「かざぐるまの家」にボランティアとして通っていた。
 「かざぐるまの家」には身寄りのない小学生までの子供たち15人が暮らしている。
 カペナント教会の神父さんとシスターが衣食住の面倒を見ている、とはいっても運営は国からの補助金と信者からの心ばかりの寄付に頼るほかはなく人件費もままならなかったが、明香里のようなボランティアにも支えられ細々と続けられていた。

 温かな神父さんとシスターの人柄、そして、何よりも子供たちの屈託のない笑顔に明香里はまるで自分の家のように土日になると必ず「帰って」きた。

 「あかりさん、バイオリンひいて!」
 5歳のゆりはいつでも最初に明香里の胸に飛び込んでくる・
 「ずるいぞ、オレがさきだもんね」
 ガキ大将、7歳の勇太が割り込んでくる。
 「わかったわ、みんなけんかしないで座って」
 「はーい」

 土曜日の夜は明香里の奏でるバイオリンを聴きながらみんなで歌を歌いささやかな宴を楽しんだ。

 「あっ、健二おにいちゃんだ」
 「あかりさん、健二さん来たよ!」

 明香里の顔がわずかに赤らむ。
 ボランティア仲間の健二とはここで知り合ってもう4年が過ぎる、はっきりとは口にしないがお互いにかけがえのない存在であることは子供たちにもわかるようだ。
 大学卒業後も夢であるプロバイオリニストを目指してレッスンに励みながらも、明香里は週末に「かざぐるまの家」に来ることだけは欠かさなかった。

 そんな明香里が左手の自由を奪われた。
 秋の嵐の夜、折からの強風と壊れた街燈がもたらした闇、トラックが彼女の姿に気づくには時間が足りなかった。
 跳ね飛ばされた明香里は宙を舞い、地面に倒れこんだ。その上を土砂降りの雨が容赦なくたたきつける。

 「あかりさんこのごろ元気ないね」
 「もうすぐクリスマスなのにね」
 「ゆり]と「りこ」が心配そうに話す。
 「ばーか、けがしてるんだからしょうがないんだよ」
 勇太が声だけは元気にそう言い放った。
 「ことしはバイオリンきけないのかな」
 「あたりまえだろ!ゆりもりこもひいてとかいうなよ、あかりさんかわいそうなんだからな」

 気が付くと外は今にも雪が降りそうに凍てついていた。

 「そうなの・・左手、それはつらいわね」
 「指がほとんど動かないの・・バイオリニストとしては致命傷だって」
 「健二さんには会ってるの?」
 明香里は悲しそうに頭を振る。
 「こんな気持ちじゃ会えない・・バイオリンを奪われた私はただの抜け殻・・」
 明香里はそれだけ言うと再びシスターの胸へ崩れ落ちた。

 次の週末も、その次の週末も明香里は現れなかった。

 「あかりさん、もうこないのかな」
 「あたしあいたいな、バイオリンきけなくてもいいの」
 二人のそんな会話を聞いて勇太は何かを思い立った。
 「ゆり、りこ、ちょっとこいよ、ほかのみんなもよんでこい」
 勇太は二人をにそう言うと奥にある神父室へと向かった。
 「神父さん・・ちょっとそうだんがあるんだけど・・」

 明香里は来る日も来る日も自分の部屋に閉じこもっていた。 
 体の傷は日に日に癒えてきたが、心の傷が癒えることはない。
 日常生活こそ送れても動かぬ左手の指は彼女の心をふさぎ込ませるには余りある現実だった。
 余計な言葉をかけずそっと見守っていてくれる家族の気持ちだけがありがたかった。

 (バイオリン・・私にはもう用はないのね・・)

 真っ暗な部屋の中・・今日も涙が尽きるまで泣いた時
 ベッドの上のスマートフォンのイルミネーションがクリスマスソングのオルゴールとともに点滅した。

 (メール・・)

 暗闇でそっと開く。


 あかりさんへ

 らいしゅうのクリスマス会きてください、まっています。

 ゆり・りこ・ゆうた・かずま・えみ・すぐる・・・・・・・ 



 (みんな・・・)

 翌日、あかりは長年使い慣れたバイオリンを右手に提げて2週間ぶりに部屋を出た。

 クリスマスイブ

 「かざぐるまの家」もみんなで飾り付けをして、チキンとケーキの用意もできた。
 パーティーか始まったのは夜の7時、神父さんのあいさつの後、みんなで賛美歌を歌いささやかなごちそうを。
 
 しかし、そこに明香里の姿はない。
 
 「あかりさん、こなかったね」
 「ああ」
 ゆりの声に勇太が元気なく答えた。

 間もなくパーティーが終わろうかというその時
 玄関の扉が開く音がした。

 「あっ!あかりさんだ!!」
 「ほんとだ!」

 子供たちは食堂を出て、明香里のもとへと駆け寄る。
 神父さんとシスターも続いた。

 「メリークリスマス!!みんな、遅れてごめんね」
 「いらっしゃい明香里さん、みんな待ってたのよ」

 シスターの笑顔にうなずくと、明香里は子供たちに向けて倍の笑顔で返した。

 「今日は私からみんなへクリスマスプレゼントがあります!」
 「やったー」
 「ほんとに!!」
 ゆりが勇太が大喜びで飛び上がる。
 「ねえ、みんな外に出てみて」
 子供たちは我先にと靴も履かずに玄関の外へと飛び出した。
 「わー!!自転車だ!!」
 15人の歓声が上がる。
 玄関先の庭には円陣を組むように並んだ15台の自転車。
 6年生の幸男はスポーツサイクル、4歳のミカは補助輪付のシンデレラの自転車。
 ゆりとりこにはピンクの、勇太の自転車はシルバーに輝いている。
 「ねえ、ねぇ、えみってあたしのなまえが入ってるよ」

 「明香里さん・・・あなた、まさか」
 「けっこういい値で引き取ってもらったわ、自転車15台でもおつりが来るくらい」
 「後悔しないの?」
 「もう、私には用のないものだから」

 「あかりさん、きて!」
 その時勇太が明香里の右手を思い切り引っぱった。
 あまりの勢いにとまどう明香里。

 彼女が連れてこられたのは食堂。
 勇太が今夜のパーティーのためにこしらえた即席のステージへと明香里を押し上げた。

 「おい、ゆり!」
 声をかけられたゆりが明香里に大きな声で語りかける。

 「あかりさん、プレゼントどうもありがとう、あたしたちからもあかりさんにプレゼントがあります」

 明香里の周りを15人の子供たちが囲む、そして次の瞬間部屋の灯りが消え、再び明るくなった。

 ゆりが手にしていたのは・・

 「えっ・・これ・・あたしのバイオリン・・」

 「質屋に持ってったね・・・あそこのおやじさんは僕の昔からの友人でね、何か訳がありそうだからって持ってきたくれたんだ、流さないからお金ができたら取りにおいでってね」
 「神父さん・・」
 「それから・・これ」
 神父さんが手にしていたのはもう一つのバイオリン。
 「子供たちが君のためにみんなで作るって言い出してな、2週間かけて作った手作りの逸品だ、受け取ってくれるかな」

 神父さんの手にはベニヤとタコ糸で作られたバイオリン、ていねいにニスが塗られている。
 明香里はうなずくと2つ目のバイオリンを大事に胸に抱きしめた。

 「みんな、ありがとう・・でもごめんね」
 明香里の声がふいにかすれる・・
 「私・・もう・・バイオリン弾けないの・・」

 明香里がうつむいたその時だった。

 「あかりさん!もう一つプレゼント!」
 明香里は勇太の声に戸惑いながら顔を上げる。
 「ほら!早く出てきてよ!」
 勇太が食堂の奥に隠れたかと思うと強引に手を引いて連れ出したのは・・
 「健二君・・」

 「あかりさん、健二にいちゃんと恋人になるといいぜ、オレたちおうえんするからさ」
 健二が明香里の前に照れくさそうに立った。
 
 「子供たちに言われたんだ」
 「・・・」
 「あかりさんの左手になってあげなよって・・・それが一番のクリスマスプレゼントだって」
 「・・どういうこと」

 「一緒にバイオリンを弾いて下さい」
 「えっ?」
 「練習したんだ・・・」
 「・・・・」
 「だから・・僕が左手、君が右手・・」

 子供たちの30の瞳と満面の笑みが二人を囲む。
 
 「ありがとう・・・みんな・・・ありが・・」
 
 みんなからのプレゼントをようやく理解した明香里は流れる涙を拭いもせずに声を上げて泣いた。
 号泣だった。

 「みんな、ありがとう・・あたし・・自分だけが不幸だなんて思ってた・・ごめんなさい・・」

 「あかりさん、泣いちゃだめだよ」
 「そうだよ、ふたりおにあいだぜ」

 ゆりと勇太が声をかけた。

 健二は更に一歩、歩み出ると、明香里に使い慣れた弓を手渡した。
 「よろしくお願いします」

 明香里は静かにうなずき弓を受け取る。
 「曲は?」
 「Silent Night」で。
 「はい」

 「ちょっとムード出そうかの」
 神父さんが部屋の照明を落とし、借りてきたミラーボールのスイッチを入れた。

 二人は寄り添う。
 初めに健二の左手が弦を押さえる。
 二人は目を合わせると軽くリズムをとる。
 明香里の弓がゆっくりと最初のメロディーを奏でた。

 ミラーボールの光の中を少しぎこちない「きよしこの夜」が響き渡る。
 健二は途中2度ほど音程を外しながらも最後まで押さえきると明香里の目を見て微笑んで見せた。

 「もう一度・・」
 健二の左手と明香里の右手
 やがて心が重なりなめらかなメロディーを奏でる。

 すると・・誰からともなく歌声が・・

 バイオリンの伴奏に合わせて子供たちの力強くそして優しい歌声・・
 歌声はいつ終わるともなく小さなコンサートホールの中をいつまでもいつまでも響き渡った。

 聖夜・・・

 


SilentNight 2




※ 作品の画像の中には自分で撮影したもの以外にネット上からお借りしたものがあります、問題があればご指摘ください、削除したします。




 
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.15 2014 小説 comment4 trackback0

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尾道貴志
Sha-La さんへ

こんにちは。
お返事遅くなりました。
大晦日の夜まで仕事なのです。
すみません。
あたたかいコメントありがとうございました。
毎回コメントをいただき励みになりました。
これからも自分のペースで続けていけたらいいなと思います。
よいお年をお迎えください(^^)
2014.12.30 06:38
Sha-La
こんにちは。
心温まるお話でした。
こういうの、私も書けたらいいなあと思います。
あかりさんが素敵な人だから、
小さな賢者たちもあかりさんのために何かしたかったんでしょうね。
賢者たちのクリスマス。
Silent Nightの音が聞こえてくる気がします。
2014.12.28 04:09
尾道貴志
ユズキさんへ

こんにちは(^^)

読んでいただきありがとうございました。
寒さ厳しき師走ですけどもうすぐクリスマスです。

素敵なクリスマスをお過ごしください。
あたたかいコメント感謝です(^^)

Merry Christmass!

2014.12.15 08:47
ユズキ
こんばんわ(^ω^)

「このマセガキ」と思い(笑)つつも、子供たちのヒラメキと行動力は前向きにさせてくれる良い力ですねw

恋人になるきっかけだけじゃなく、この先もずっと健二君がバイオリンを続けて、明香里さんがそばで教え続けているといいな、と思いました。

ほっこりする温かい物語でした(^ω^)
2014.12.15 04:13

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