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再会

身の引き締まるような1月。

キミ子は柴犬のムサシを連れて海辺の砂浜を散歩していた。
時間は朝の6時半、女学校へ行く前の毎日の日課である。

砂浜を青年が駆けてくる。
これもまた彼の日課であった。
体の鍛錬のためであろうか、寒さの中裸足である。

この日、二人は誰もいない波打ち際で初めて言葉を交わした。

「おはようございます、お散歩ですか」
青年は直立不動に近い形で初々しく声をかけた。
「はい、よくお会いしますね」
キミ子は頬を少し赤らめながら答えた。

たったそれだけの会話だった。
青年は恭しく礼をすると再び砂浜の中を走って行った。

3日後の朝二人はまた砂浜で出会った。

「おはようございます、今日もお散歩ですか」

青年が声をかける。
ぎこちない笑顔が見えた。

「はい、また、お会いしましたね」

キミ子もかすかに微笑んで返した。

それからも何日かに一度、二人は砂浜で言葉を交わし続けた。
会話の始まりはまるで合言葉のように同じだった。

「おはようございます、今日も散歩ですか」
「はい、またお会いしましたね」


「へー、それがおばあちゃんの初恋なんだ」
車椅子を押しながら由香が尋ねた。
「そうよ」
「いくつぐらいの人?」
「二十歳くらい・・かな、聞かなかったからわからないわ」
「だから、おばあちゃんの散歩はいつも朝なんだ」
「ごめんね、寒いでしょ」
「ううん、いいの、あたしも朝の海好きだし」
「由香は好きな人いないの?」
「いない、いない、クラスの男子なんてみんなコ・ド・モ」
「ふふ、そういう由香もまだ子供ね」
「その人とそのあとおつきあいしたの?」
「ううん、今みたいにすぐにお付き合いできる時代じゃなかったのよ」


その日、青年はいつものように砂浜を駆けてきた。
そしていつものようにキミ子の前でおもろむに足を止めた。

「おはようございます、今日もお散歩ですか」
「また、お会いしましたね」

次の瞬間、青年は緊張気味に背筋を伸ばし気をつけの姿勢をとった。
そしてキミ子に向けてこう告げた。

「私、吉野勝と申します、本日出征することとなりました」

キミ子はその言葉を聞いた瞬間ビクッと体を硬直させた。
わずかな沈黙のあと、キミ子は深々と頭を垂れた。

「ご無事をお祈りしております、いってらっしゃいませ」

キミ子は顔を上げることができず、そのまま青年の最後の言葉を聞いた。

「どうもありがとう、行ってまいります!」

そして、来た時よりもさらに足を速め岩場のほうへ駆けて行った。


「ふーん、それでその人どうなっちゃったの?」
「戦地で亡くなられたと噂で聞いたわ、もっとも遺骨すら戻らなかったそうだけど」
「悲しい話だね、あっ、そのことおじいちゃんは知ってるの?」
「・・知らないわ、今日、由香に初めて話したわ」
「ありがと、でも、どうして?」
「いつも寒いのに散歩に連れてきてくれるお礼よ」
由香はその言葉を聞くとしばらく朝日のきらめく沖合を見つめると何かを思い出したかのようにわずかに目を閉じた。
「おばあちゃん、砂浜におりてみるね、車椅子で行けるところまで」

由香は朝日に光る砂浜に向けて車椅子を押していく。
初めは砂に車輪をとられたが、波打ち際に近づくと濡れた砂はとても優しかった。
海風が二人の髪をやわらかくなびかせ、朝日が車椅子のステンレスに反射した。

「ねえ、おばあちゃん」
「なんだい?」
「あたし、おばあちゃんの話を聞いてすべてがわかったの」
「わかったって、何がだい?」

由香の目から大粒の涙が落ちる。
涙は朝日に照らされてきらめいた。

「おばあちゃん、ゆっくり振り向いてみて」

由香にうながされてキミ子はおもむろに振り向く。
そこには初老の紳士がたたずんでいる。
キミ子と目が合うと紳士は車椅子の前に立った。

「あなた・・・は・・吉野さん?」

紳士はゆるやかに微笑んだ。

「昨日、学校の帰りに声をかけられたの」


「すみません、あなたは今朝、車椅子の方と海辺を歩いていた方では?」
「ええ、あなたは?」
「あなたのおばあ様の知り合いです」
「おばあちゃんの?」
「もしよければ、明日の朝、車椅子で砂浜まで下りてきて下さいませんか」
「・・・いいですけど・・どうして?」
「ぜひ・・砂浜でお会いしたいんです」


キミ子は信じられないという表情で紳士の顔を見つめた。

「よくぞ・・・ご無事で・・・」
「何とか生きて帰ってきました」
「命を落とされたと風の便りに聞いておりました」
「戦後も外地に留まり、帰国したのはつい最近です」
「お帰りなさい・・」

涙で目がかすむ。


紳士はあらためて背筋を伸ばし気をつけの姿勢をとった。
そして直立不動のままキミ子の目を見つめた。
その目はおだやかで微かに潤んでいる。
そしてこう声をかけた。

「おはようございます・・今日もお散歩ですか」

キミ子はとめどなく流れる涙をぬぐうことなく笑顔で答えた。

「はい・・」
「またお会いしましたね・・・・」




砂浜





※ 作品の画像の中には自分で撮影したもの以外にネット上からお借りしたものがあります、問題があればご指摘ください、削除したします。



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.01 2014 小説 comment8 trackback0

comment

尾道貴志
ポール・ブリッツ さんへ

Thank you for your message !!

It`s my energy (^^)

いつもコメント下さり感謝のかぎりです。

2014.10.14 01:54
尾道貴志
篤。さんへ

はじめまして。
広い日本の中、こうして知り合うことができとても嬉しいです。

僕もリンクを貼らせていただきますね。

時々、いや、ちょくちょくこうしてお会いしましょう(^^)

ありがとうございました。
2014.10.14 01:47
ポール・ブリッツ
いい小説ですね。

恋愛小説はこうでなくっちゃ(^^)
2014.10.13 21:22
篤。
はじめまして。
迷戯庵というウエブログで拙い自作小説を書いております、篤。といいます。
ブログ村のトーナメントで対戦させて頂いておりまして、作品を拝見しましたので足跡を残させて頂きます。
いいお話ですね。これは、負けましたな(笑)
これも何かの縁ですので、リンクを貼らせて頂きます。
これからも頑張って下さい。
2014.10.13 12:24
尾道貴志
ユズキ さんへ

「逢瀬」という言葉にドキッとさせられました。

味わいのある言葉です。

「逢い引き」だとちょっと背徳感が強いし「浮気」では趣ゼロです。

「源氏物語」の世界ですね。

ユズキさん 若い方というイメージなのですが・・すごい!
2014.10.02 01:12
尾道貴志
miss.key さんへ

こんにちは。

おじいちゃんにスポットを当てて下さりました。
でも、このことはおじいちゃんにはずっと内緒がいいですね。

話してしまうとお話が過激なほうへと脱線してしまいそうです。

このままそっとしておいてあげようと思います(^^)

コメントありがとうございました。



2014.10.02 01:05
ユズキ
時を超えての再会いいですね~
”時代”が引き裂いた初恋が、こういう形で優しく再会を果たすのって素敵でした(´∀`)
素朴で優しい二人の逢瀬がとてもよかったです~。
2014.10.01 13:03
miss.key
 こんにちは。
 口にこそ出さなかったけど、きっと心は通じ合っていたのでしょうね。何十年もしてなお心の奥に温め続けていた想い。ジーンときます。再び会えてよかったですね。でも、おじいちゃんだってきっと良い人ですよね。そのおじいちゃんあっての今なのですから、大切にしてあげてください。
2014.10.01 07:39

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