エール

映画館 

 

 凍えて澄み切った夜空に冴えた満月が煌々と輝いていた。


 残業を終え、青年はやるせない想いを持て余しながら空を見上げる。

 (あーあ 最低の一日だったなぁ・・・)

 一日を振り返ればそれは朝の不運から始まった、彼の乗っていた通勤電車は人身事故のためにストップ、乗客は満員の車内で一時間近く缶詰めになった。肉体的な苦痛に加え、青年はこの日携帯電話を忘れていた。
 
 ようやく会社に着くも連絡なしの遅刻だ・・上司の叱責をやっと乗り切るやいなや取引先からのクレームが入る。昼食時間も取れずランチ代わりに手にしたコーンスープが思いのほか熱くてひっくり返す、スーツも書類も台無しだ。
 
 謝罪のため飛び出した途中で突然の雨、傘もなく濡れ鼠になりながら相手先のオフィスへ・・頭を垂れた後の重い気持ちを引きずりながら乗った帰りのタクシーは接触事故を起こす始末だ。残業の最中、空調は突然の故障、冷え切った部屋でタイムカードを押した時デジタル時計は23:50を示していた。

 不運という不運が「この指とまれ」の号令の下に全員集合したような一日だった。

 若さが頼りの青年もこの怒涛の攻撃にはなすすべもない。

 (心・・折れた・・)

 入社してからもう3年になる、青年は必死に仕事を覚え、寝る間も惜しんでしゃにむに頑張った、仕事は飛び込みにも近い営業だ、名もない市井の人々の暮らしや職人の人生を描いたドキュメント番組を企画、制作する小さな会社、彼は出来上がった作品を売り込みに行く。大手からケーブルまでのテレビ局や映画館、さらには地方自治体に公会堂などで流してもらうものも含めると営業先は意外と多かった。

 けれど、そう簡単に成功する営業ではない、本来なら受注ありきのこの業界、オリジナルを先に作りそれを売り込むなどビジネスモデルとしてはあまり上手とは言えない。しかし、青年は頑張った・・自分が売り込む作品自体が好きだったからだ。

 給料も安く、休みも少ない、それでも作品への愛を心の糧に一生懸命走り続けた3年間だった。

 (ちょっと疲れたよ・・このまま報われずに時間が過ぎていくのかな・・)

 最後の不運は終電を逃したこと・・青年は夜空を見上げながらとぼとぼと歩く、明日が休日だという事が彼に唯一小さな安堵を与えた。

 (歩くの・・初めてだな・・)

 電車で20分ほどの距離は歩けば3時間といったところか、彼は灯りもまばらな街中を疲れ切った身体で彷徨う様に歩く。歩き始めて1時間も過ぎた頃だろうか、彼は小さな森くらいもある公園の木立の中の遊歩道を月明かりを浴びながら足を運んでいた。

 その時だ、月明かり以外何もない暗闇にも近い木立の隙間に明かりが何か見える、それは街灯の単純な光ではなくネオンのように華やかな彩のものだった。

 (何かな・・こんな夜中に開いている店?・・コンビニにしちゃ場所が不便すぎるし・・)

 木立を抜けるとそこには・・


 「名画座」
 

 そこにはレンガ造りのレトロな建物が・・港にある小さな倉庫くらいだろうか、木立に囲まれた中でぼんやりと温かい光に包まれたその佇まいは先週見た「マグリット」の絵に似ていた。

 「映画館?」

 彼は呆然とその建物を見つめ思わず声に出し、自分の声に再び我に返る。

 「こんな処に、それに時間も・・そうか休日前はオールナイト?」

 彼は好奇心に駆られ入口へと足を運んだ。自動券売機は見当たらず、それよりも肝心の上映作品がどこを見てもわからない。
 彼は窓口へ向かった、アクリル板で仕切られた窓口の奥には初老の男性が・・

 「あの・・すみません」
 「いらっしゃいませ」
 「何の映画をやってるんですか?」
 「シークレットです、ちょうど上映時間になりますがご覧になりますか?」
 「教えてくれないんですか」
 「はい、それが一つの売りでしてね」
 
 なるほど・・正月の福袋みたいなものか、企画としては面白いかな・・彼はそんなことを思いながらポケットのの財布を取りだした。

 「大人1枚下さい」
 「かしこまりました」

 青年は男から薄いチケットを受け取るとレンガの入口へと入っていった。

 薄暗い場内を見渡す・・誰も客はいなかった・・青年はがらんとした劇場のちゅうどへその辺り、特等席に陣取ると微かに流れる音楽の中で上映開始を待った。

 やがて場内の照明が消え、懐かしいブザーの音とともにアナウンスが流れた。

 「ご来場ありがとうございます、本名画座はお客様の心にエールを送るべく上映作品を選んでお送りしております、本日はご来場の有田正吾様のための作品です、最後までごゆっくりお楽しみください」

 「えっ!俺の名前?」
 「どういうこと?」

 一時の暗闇の後、スクリーンにカウントダウンの数字が映し出された・・

 そして、どこかで聞き覚えのある音楽が!

 スクリーンに映し出されたのは・・生まれたばかりの青年の姿だった。

 「有田正吾は平成〇〇年、北海道の小さな牧場の長男としてその生を受けた・・」

 青年は目を、そして耳を疑った・・スクリーンには青年の生まれた時からの生い立ちがドキュメント番組として映し出されていく。

 社会人になってから3年も会っていない父や母、すでに亡くなった優しい祖父と祖母、そして近所の悪ガキ仲間たち・・

 青年は何があったのか分らぬまま、映像に目が釘付けになる。

 小学校、中学校、高校時代と青年のこれまでの生きてきた青春時代が時系列に映し出され、ナレーションがその背景を伝える。青年は懐かしさと不思議な安堵感に包まれながら「自分」の姿を目で追っていく。

 淡くも儚く敗れた高校時代の恋、大学受験に失敗し背水の陣で頑張った浪人時代、自主映画作りに夢中になった大学生活、就職氷河期と言われ何十社と落ち続けた就活の映像が音楽とともに次々と流されていった。

 そして、次の映し出されたのは青年の社会人としての「3年間」だった。

 そこにはもがき続けたこの3年間の日々があった、相手にさえされなかった最初の営業、徹夜して作ったプレゼン用のツール、初めて売れた日に仲間と飲んだ酒の味、しかしそれもつかの間ひたすら続く飛び込みの毎日、苦しさと喜びを比にするなら苦しさが9割・・

 彼は知らず知らずのうちに涙があふれていた、溢れ出る涙を拭うことなく彼は映像の中の自分を見つめ続けた、やがて彼は誰もいない暗闇の中で声をあげて号泣していた・・

 作品のラストにナレーションはこう綴った。

 「有田の社会人としての人生はまだ始まったばかりだ、彼の未来にこの先も困難がないと誰が言えよう、しかし有田には誰にも持っていない武器がある!それは・・作品への愛情である!この武器がある限り有田の未来に光は刺し続けるだろう!」

 
 上映が終わると青年は涙で濡れたまま立ち尽くしていた。

 「いかがでしたか?」

 ふと気が付くと先程窓口にいた男が横に立っていた。

 「あ・・ありがとうございます」
 「御礼には及びません・・今日は確かお誕生日でしたね、ささやかなプレゼントです」
 「誕生日?そうか、毎日が忙しすぎて自分の誕生日も忘れていました・・」

 「あなたはまだ若い・・疲れたらちょっと立ち止まって休むことも大切です」
 「・・はい」

 青年は微笑んで小さくうなずいた。

 「あのオープニングに流れていた音楽・・」
 「きっと聴いたことがおありですね」
 「はい」

 『情熱大陸』

 「あなたの未来が輝きますように・・」

 
 
 青年は目を瞑り深くお辞儀をした、体を起こし目を開けると・・・

 そこは公園の木立の中だった。

 目の前には管理事務所だろうか小さな建物が静かに佇むばかり・・・




マグリット




※ 作品の画像の中には自分で撮影したもの以外にネット上からお借りしたものがあります、問題があればご指摘ください、削除したします。






 

 
 
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.24 2017 小説 comment4 trackback0

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尾道貴志
hitoyasumi-hiro さんへ

はじめまして。

たくさん褒めていただきありがとうございます(^^)
学生時代にオールナイトを観ていた世代ならばきっと同輩ですね。
それにしても5本で500円は安いなぁ・・

ショートショートは上手く落ちると気持ちがいいですが
アイデアが枯渇すると大変ですね。

お互いに頑張っていきましょう(^^)
2017.02.10 01:20
hitoyasumi-hiro
はじめまして。
昨年からショートショートや童話の公募に少し出し始めました。
どこからか(うろうろしていて分からなくなってしまいました)さまよってきて、この作品にたどりつきました。

とてもよかったです。
青年が号泣したとき、ぼくも胸が熱くなりました。
伏線の張り方をふくめストーリー展開がたくみで、文章も整っていてなめらかでした。
名画座、マグリット………ぼくの好きな道具もそろっていました。
学生時代、土曜のオールナイトは「5本立て500円」なんてのもありました(年がわかる………笑)

また寄せていただきます。よろしくお願いします。
2017.02.08 23:12
尾道貴志
sado jo さんへ

特撮に従事されてたんですよね。僕も学生時代に名画座のお世話になりました。何しろ三本立て!ですからね。
最近はシネコンばかりで、名画座も風前の灯火ですが、あの味わいは趣がありました。
円谷プロに在籍されていたってすごいです!僕らの憧れでした。少年時代、ウルトラマンやウルトラセブンにどれだけ魅入ったことか。とてもうらやましいです(^^)
じっくりお話をうかがいたいです。
コメントありがとうございました!
2017.01.25 01:13
sado jo
今時は古い名作映画はネットで観るしかありませんが、自分が円谷プロに在籍してた頃は、古い映画を上映する「名画座」なるものが東京の至る所にありました。
あちこち足を運んで、古今東西の名画を観て回った青春時代を懐かしく思い出しました。
あぁ、青春は遠くなりけり…情熱の灯火も消えかけて、今は寂しくネットで名画座を観ています(笑)
2017.01.24 18:26

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