イニシエーション

銭湯




 小学校4年生の頃、僕らの楽しみの一つに銭湯があった。

 町に五時のサイレンが鳴り響くと遊びに夢中だった僕らは一度解散をする。



 「じゃあ、スポットな」

 雄ちゃんがいつもの時間を指定する。

 「OK!」

 僕と達也は親指を立てる。

 「オレ、少し遅れるかも」

 勝っちゃんが言った。

 「どうした?」

 「いや、ちょっとね」

 僕らはその表情から悟った、勝っちゃんは今日やる気なのだ・・

 「待ってるぜ」

 雄ちゃんが目で合図をすると僕らは小さくうなずいた。





 「昨日、大河がやったぞ」

 「本当か」

 「うん」

 大河は少し照れ臭そうに、そして、ちょっぴり誇らしげに微笑んで見せた。

 「怖かったか?」

 「ちょっとね、プールと違って真っ暗なんだ」

 「これで大河も一人前だ、えーっと、5人目だな」

 雄ちゃんが指を折って見せた。

 もちろん一本目は雄ちゃんだ。



 ほんのりと湯気で曇る浴室内の壁掛け時計は7時40分を指していた。

 浴室内には雄ちゃんと僕と達也の3人だけが湯船のへりに腰かけている。

 8時前のこの時間を僕らは「スポット」と呼んでいた。

 なぜか、大人がいなくなることが多いのだ。



 おじいちゃんたちは決まって4時の一番風呂に

 小さい子供のいる家は夕食前の6時前後

 少し大きな子供のいる家は夕食が済んでひと段落した8時過ぎに

 仕事終えたサラリーマンは9時過ぎに・・



 おそらく夕食時か夕食後の団らんで一家でテレビでも見ているのだろう、この時間の銭湯はミステリータイムのごとく、僕たちだけになることが多かった。



 そんな中で、僕らの「冒険」は始まったのだ。



 「白木湯」の湯船は2つある、1つは子供でも足が立つ浅い湯船。

 富士山の絵を背にしたどこにでもあるあの湯船だ。

 しかし「白木湯」のもう一つの湯船は違っていた・・・

 「深いのだ・・」

 大人の肩ほどまである湯船は、底が見えないほどで小さな子供たちにはちょっとした恐怖の対象だった。

 子供が溺れる危険もあるだろうに、なぜこんなに深いのかは謎だが、何しろ江戸時代からあったという古い銭湯とのことで、その真相はわからない。



 「問題」はこの2つの湯船が中でつながっていることだった。

 そして、その「トンネル」の長さは約1メートル・・



 この微妙な「長さ」が僕たちの好奇心と冒険心を刺激したのだ。



 ある時、大人が浴室から消えた空白の時間、雄ちゃんが僕たちに言った。



 「あれ、通り抜けてみようぜ」

 「あれ?」

 「ああ、あれだ」



 数秒後、僕らはその真意を悟った。

 そして、素直に怖くなった。



 「無理じゃない?暗いし、熱いし・・それにばれたら怒られるよ・・」

 達也と僕は怖気づき、それとなく雄ちゃんの提案を回避させようとする。



 この言葉は逆に雄ちゃんのパイオニア精神とガキ大将魂に火をつけた。



 「俺はやる!」



 雄ちゃんは決意に満ちた目で僕らをにらみつけると大きく息を吸い、深い湯船へと身を沈めた!

 僕と達也は息をのんだ。

 ものの2、3秒の時間が3倍にも4倍にも感じた・・

 やがて雄ちゃんはとなりの浅い湯船から恐竜のごとく出現した!



 「やったぜ!」

 「すげー!雄ちゃん!」

 僕らは称賛の目で雄ちゃんを見つめた。



その日からだ、挑戦者が一人、また一人と名乗りを上げていく。



 それはまるでこの冒険が大人になるための「通過儀礼」であるかのように・・

 この「儀式」を乗り越えたものだけが仲間の中で一人前と認められるのだ。



 達也が、大河が、そして、ぼくも無事にこの「儀式」を通過した。



 勝っちゃんは腰にタオルを巻いてやってきた。

 「やるか?」

 「うん」

 雄ちゃんの問いかけに勝っちゃんはゆっくりとうなずいた。

 「いいか、中は熱くて目を開けにくいし、開いてもよく見えないから手探りでいくんだ、トンネルの中は狭くて泳げないから両手を下において自分の体を前に送る感じだ、わかるか?」

 「わかった」



 勝っちゃんは深く深呼吸をすると深い湯船に消えていった。

 僕らは固唾を飲んで勝っちゃんの浮上を待つ。

 1秒、2秒、3秒・・

 「ねえ、出てこないよ」

 僕はそこで気にかかっていた不安が現実になったことを知る。

 勝っちゃんは少しばかり「肥満児」なのだ!

 「引っかかったんだ!」

 達也が叫んだ。

 その時である、雄ちゃんが湯船に沈んだ!

 「救助」に向かったのだ!



 雄ちゃんが浮かび上がったのは深い湯船だった、つま先でジャンプしながら叫ぶ。

 「おい、一緒に引っ張ってくれ!」

 事態を一瞬で理解した僕と達也は恐怖をものともせずに深い湯船に飛び込む、そして、つま先でジャンプしながら手探りでそこにある「物体」をつかむと思い切り引っ張った。



 必死に、必死に、何度も、何度も、引っ張る!

 そしてついに、勝っちゃんの両足を引っ張り出した!



 その時、腕っぷしの強そうな男が二人浴槽に入ってきた。

 そして、あばれるような僕らの姿を見て湯船に駆け付けた。



 「どうした!」

 「友達が溺れて!」

 僕はとっさにうそをついた。



 「待ってろ、すぐに助けちゃる」

 二人の男はすぐに湯船に飛び込むと僕ら3人と勝っちゃんを助け出してくれた。



 勝っちゃんは一瞬は意識がないようだったが、男たちの介抱のおかげですぐに目を覚ました。

 そして、雄ちゃんの顔を見るなり泣き出した。



 「ごめんね、ごめんね!」



 僕と達也がなだめても勝っちゃんは泣き続け、謝り続けた。



 雄ちゃんは、男二人にお礼を言うと勝っちゃんの上半身を抱き上げてこう言った。



 「お前、かっこよかったぞ、立派な俺たちの仲間だ」



 勝っちゃんはその言葉を聞くと、涙を流しながら「うん」と小さくうなずいた。





 この事件は学校に知れ渡ることとなり、僕らは厳重な注意とともに、この「儀式」は全校を通じて禁止となった。後になって、新聞の片隅に載ったらしいことを僕らは知った。



 僕らはそれぞれの親に思い切りげんこつをもらったが、その絆は誰にも破られないほど強くなった気がした。





 40年後・・

 目の前に勝っちゃんがいる、僕らはビールを片手に笑顔で話すのだ。



 「こいつさぁ、風呂のトンネルに詰まっちゃったんだよな!」



 あれ以来ぼくらの絆はずっと結ばれている・・





仲間2





※ 作品の画像の中には自分で撮影したもの以外にネット上からお借りしたものがあります、問題があればご指摘ください、削除したします。






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.21 2016 小説 comment4 trackback0

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尾道貴志
hitoyasumi-hiro さんへ

僕は今でも銭湯にはまっています。
東京の銭湯およびスーパー銭湯はワンダーランドです!
千円かからずに一日楽しめる庶民の憩いの場です。

今夜も仕事帰りに12時閉店の銭湯に入って帰宅は1時でした(^^)

でも、仲間と行った子供の頃がやっぱり楽しかったですね。

コメントありがとうございました。

2017.02.10 01:25
hitoyasumi-hiro
おもしろかったです。すごくいい話でした。
男の子って、バカっぽいことを命がけ(?)でやることありますよね。
きっと女の子は、こんな無意味なことやらない。
女にはわからない“男のロマン”なんですよね(笑)

バカの価値を認め、バカをまじめに追求し、共有する。
そうやって仲間になる。大人になっていく…………。
いやあ、ほんとにいい話でした。

銭湯もよくいきました。
貧乏だったから、一日おきだったけど(笑)
2017.02.09 18:12
尾道貴志
村上母 さんへ

こんにちは(^^)
はじめまして。

風呂で気を失う恍惚とはびっくり!
「死の誘惑」という言葉にドキッとしました。

昔の銭湯世代の方とこうして知り合えてとてもうれしいです(^^)

コメントありがとうございました。
2017.01.12 00:49
村上母
こんにちは!
最後の写真みて、うるっときました。ので、はじめましてです。
銭湯でおぼれたわけでもないが、気を失う。なんて、お話し聞いたことないですよね。昔の銭湯を、知っているからこそ!だと、思います。
ですが、あの、お風呂の中で気を失うのって、気持ちいいんですよ。死の、誘惑って、言うんでしょうか?銭湯で私も、育ちましたからわかります。
おもしろかったです。
2017.01.10 09:27

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