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「リペイ・ド・レモン」 -喫茶「がらくた館」夢譚-



喫茶「がらくた館」は小さな港町を見下ろす山の中腹にある。

主なお客さんは更に200メートルほど坂を上った中学から大学まである湊学園の学生たちと、店のすぐ隣にあるロープウェイの駅から降りてくる観光客、白い木造のログハウス風の建物は夏の緑が特に似合う。

山頂から吹きおろす夏風は、時折少女の麦わら帽子を青い空に舞いあげていく。

夏の夜、山頂から見下ろす港の夜景はこじんまりとしながらも最高に美しい。
海にかかる橋はまるで宝石のよう「ベイ・ネックレス」だ。

夜景を楽しみ夢見心地の恋人たちは最終のロープウェイで降りてくると吸い込まれるように店の扉を開く。

マスターはそんな恋人たちの幸せそうな姿を見るのが何よりもうれしい。

おススメは大人限定の「ナイトセット」洋酒たっぷりのサバランと美味しいコーヒーがワンコインで楽しめる。


月曜の夜、観光客もほとんどいない九時過ぎ。

カラカラカラン・・

玄関扉のベルが音を立てた。

「こんばんは」
「いらっしゃい、ハルちゃん」
「カウンターいいですか?」
「もちろん、今なら貸し切りだよ」

マスターは笑顔でウインクして見せた。

「ありがとう、ナイトセットもらえるかな」
「かしこまりました」

微かなBGMの流れる中、ほの暗い店の中でちょっとだけついたため息。

「はい、コーヒーどうぞ、ちよっぴり濃いめにしておいたよ、何やらお悩みかな?」
「わかる?」
「そりゃあね、ハルちゃん全部顔に出るから」

「バレバレかぁ」
「よかったらコーヒー飲んで話していったら」
「・・・うん」

窓の外から船の汽笛の音が忍び込む。

「就活の真っ最中なんだけど、なかなかうまくいかないの」
「そうなんだ、四年生の夏だものね、まだ内定ゼロってこと?」
「うん、今のところ8連敗」
「そりゃあ落ち込むわけだ」
「何だか、落とされるたびに自分を全て否定されたみたいで・・」

ハルは紺のスーツを脱ぎ白いブラウスのそでをめくると左手で頬杖をついてみせた。

「どんな会社?」
「デザイン、グラフィックデザイナー」
「引く手あまたって気がするけど」
「うん、あたしもそう思ってたの、ちゃんと勉強して技術さえ磨けばすぐに仕事ができるって、でも現実はそうじゃないんだ・・試験受ける度にたくさんの人がいるし、作品を見るとみんな本当にセンスあるんだもん」
「ハルちゃんの作品僕はとっても好きだよ、見てるとホッとする」
「ありがとう、マスター、でもやっぱりあせっちゃうな・・」

何秒かの沈黙にBGMのサックスのフレーズが耳に飛び込む。

マスターが小さなショットグラスをハルの前に差し出した。

「よかったら、どうぞ」
「カクテル?」
「うん、レモンベース、かなり酸っぱいけど気持ちが上がるかも、あっ誰もいないから泣いてもいいんだよ」

マスターはちょっとお道化て泣きまねをして見せた。

「ありがとう、いただくわ」

ハルは右手でグラスを持つとゆっくりと口を付けた。

「すっぱい!」

顔をしかめた瞬間、ハルはふと思い出した。

「マスター、このレモン・・」

「気が付いた?」
「エメラルド・レモン!」
「そう、ハルちゃんの家の庭にできるうーんとすっぱいやつ」

マスターはあらためてとびきりの笑顔を見せた後、少し遠い目をして語りだす。

「僕がこのお店を開いた10年前、最初のお客さんがハルちゃんだったの覚えてる?」
「うん、あたし小学生で、近くに喫茶店ができたって聞いて、家のレモンを持ってきたの!」
「そう、緑色のエメラルドレモン、めちゃくちゃすっぱくてね」
「あの時、いきなり店に飛び込んできて、元気よく挨拶してくれて、開店祝いにってくれたんだよ」
「そうだっけ」
「まだ開店前で、びっくりしたけどお客さん第一号」
「思い出した、マスターがジュースにしてくれて二人で飲んだの!」
「そう、二人ともすっぱくて顔がくしゃくしゃになったんだ」

「懐かしい・・」

ハルは残りのカクテルを飲み干すとまた口をすぼめて見せた。

「すっぱいね」

そして、胸の中の憑き物が落ちたように素直に笑った。

「あの時、本当にうれしかったんだ、僕は脱サラして初めて出すお店だったからハルちゃんが来てくれた時、この町でお店をやっていけるって思えたんだよ。今まで口にしなかったけど本当に感謝してるんだ、僕に勇気をくれたことにね」

「そうか、あれから10年か、早いね」

「ハルちゃん、僕がハルちゃんと出会えたのも縁だし、ここで話してるのも縁だと思うんだ、この広い世界でほんの僅か違う場所に生まれてたり、ほんの少し違う時代に生まれてたら、ハルちゃんとこうして話してないよね」

「・・・」

「仕事も縁だと思うな、明日、縁のある人や仕事に出会うかもしれないんじゃない?」

ハルはしばしの沈黙の後小さくうなずいた。

「そう思う、また、明日頑張ってくる、ありがとうマスター レモンカクテル美味しかった」

「どういたしまして・・これでようやく果たせたかな」

「何が?」

「お礼さ」

「このカクテル、名前はあるの?」

「ええ」

マスターは執事のように恭しく頭を下げてカクテルの名前を口にした。

「リペイ・ド・レモン」

「どんな意味?」

「10年越しの 恩・返・し」


閉店時間に近づいたガラス窓の外からほの暗い店の中に月明かりが一筋。



がらくた館夜景



※ 作品の画像の中には自分で撮影したもの以外にネット上からお借りしたものがあります、問題があればご指摘ください、削除したします。










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.20 2019 小説 comment4 trackback0
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