「TOSHISHUN NO ITO」

 大都会の片隅の小さな公園に男はいた。

 夕焼け小焼けのメロディーが茜空に滲み込んでいく中でブランコに腰かけてあてもなく空を眺めていた。

 ベンチャー企業を立ち上げたのは10年前、まだ二十歳をわずかに過ぎたばかりの頃だった。IT技術を駆使した株価の予測と売買は新手の証券会社として一世を風靡し時代の寵児としてマスコミにもてはやされもした。

 わずかの期間で億という金を自在に操るようになると男の心は変わっていった。起業したころの純粋な心はどこかへ失せ、顧客はすべて金を儲けるための道具に、そして部下は顧客から金を絞り取るための機械の歯車にしか見えなくなっていく。

 そして、ひとつの大きな予想のミスをきっかけに巨額の損失を出すと同時に顧客も部下も手のひらを返すように男から離れていった。

 (金の切れ目が縁の切れ目か・・・)

 無一文どころか何億という負債を抱え会社は倒産・・男自身も自己破産へ、途方に暮れるには有り余るほどの条件がそろっていた。

 柔らかな初秋の風が都会にはすでに消えてしまったと思っていた豆腐屋のラッパの音を運んでくる。

 (豆腐屋か・・なんだか一昔前の子供の頃を思い出すよ・・)

 やがて日がとっぷりと暮れた頃、男はおもむろに立ち上がると駅へと向かい歩き出す。

 商店街から一つ奥に入った路地裏で男は路上に占いの看板を見つけた。

 (占いか・・最後に聞いてみるか・・)

 男はポケットからなけなしの三千円を手にすると、初老の女性の前に座った。

 「占ってくれるかい」

 占い師は男の顔をじっと見ると意外な言葉を口にした。

 「おや、あんた、昔、診てあげたね、覚えてるかい?」

 男は占い師の顔を見つめると、かすかに目を見開いた。

 (そうだ、思い出した!起業する直前、この人の助言に後押しされて企画書を書き換えて銀行に融資の相談に行ったんだ!)

 「どうだい、上手くいったろう?」

 「ああ、おかげさまで何もかも上手くいった、でも・・・」

 「どうやら今はどん底といったところかね」

 「その通り、さすがは占い師だ」

 「占い師でなくてもあんたの顔を見ていればそれくらいわかるさ」

 男はその言葉を聞くとため息とともにうなだれる。

 「何か学んだかい?」

 「・・・ビジネスは金だけじゃない、オレは人を大事にしなかった、この失敗から学んだのはそれです・・」

 うつむいた男の目から涙がこぼれた。

 占い師はしばらくの沈黙ののち、男にこう告げた。

 「それに気づけただけでもいいことじゃないか、もしあんたに本当にやり直したい気持ちがあるなら助言してやらんでもないがどうだね?」

 「・・・お願いします、今のオレには他に何も頼るものなんてないんです・・・」

 「人を大事にする・・約束できるか?」

 男は占い師の目を見てうなずいた。

 「はい」

 
 
 男は占い師の助言に従い紹介された会社に雇ってもらった。

 海産物を扱う小さな商社だった。

 男は人を大事に仕事に励み、この小さな会社を5年、10年と少しずつ大きくしていき、ついには会社そのものを任されるようになった。やがて20年、男は会社をこの国有数の商社へと発展させていった。今では何万人もの社員を有する巨大な企業のトップとなっていた。

 ある時、巨大な石油の取引を巡り、男は中東のホテルにいた。

 5つの商社のトップが集められ、取引先を決めるプレゼンを行う。何とも荒っぽいやり方だが、原油国の意向に合わせねばならない、取引がまとまれば会社の未来は安泰だ。採用されるのは1社のみである。

 翌日のプレゼンを前に5人のトップはホテルのパーティー会場にいた。

 乾杯の挨拶が始まろうとした瞬間・・

 会場を大きな爆発音が響き渡った!

 (テロだ!!)

 男はガラスが飛び散り火柱が上がる中でも咄嗟に事態を悟った。

 気が付くと会場は炎に包まれている、入り口付近は火の海だ。

 (逃げ道がないぞ・・)

 窓ガラスが割れているのを見つけ、煙に巻かれながら窓へと向かう、しかし、そこには絶望的な現実が・・

 会場はホテルの20階であったのだ・・

 死を覚悟したその時、ガラスの向こうに何かが見えた!

 それは非常用のタラップ、金属製の縄梯子だった。

 (そうか!上だ!25階は屋上だ、屋上に避難できた人が上から投げてくれたのかもしれない)

 細かな状況を確認する時間などなかった、今、助かる道は他にはないのだ!

 男は近くの椅子を投げつけ窓をさらに大きく割った、そして窓際のカーテンを頼りに自らの身を窓際へと引き寄せた。

 まさにタラップをつかもうとしたその時だ、男は背中に声を聴いた。

 「頼む、私も連れて行ってくれ!」

 振り返るとそこにはライバル企業のトップたちが、這うようにして連なってきているのだ。

 男は狼狽した。

 50代は彼だけ、他の4人はすべて70代以上、中には80過ぎた老齢の社長もいる。

 (どうする?オレ一人なら何とか自力で昇れるかもしれない、だが、あと4人、しかも体力のない老人ばかりだ、このままもたもたしていたら誰一人助からない)

 (オレだけが助かれば、取引自体も結果は明白じゃないか・・)

 この状況の中でもそんな打算が微かに頭をよぎる。

 (どうする・・どうする・・)

 彼の取る道は2つ・・一つは自分がタラップをつかむ・・そしてもう一つは・・

 
 しばらく目を瞑って考えたあとで彼は振り返りこう叫んだ!


 「早くこっちに来て!私が手助けするから一人ずつタラップへ!」

 
 「つかんだら絶対下を見ないでゆっくり上るんだ!」

 「さぁ早く!!」

 男は煙と火の粉の中を必死になって4人の手を引っ張り割れたガスで手を真っ赤にしながら4人をタラップへと!

 一人、また一人と社長たちの姿が消えていく。

 「がんばれ!死んでも手を離すな!」

 そして、あとは自分だけとなった時だった。

 男は熱さと煙の中でゆっくりと意識が遠のいていくのを感じた・・・


 
 気が付くと男は都会の片隅にいた。

 目の前には占い師。

 「どうやらお前さんの気持ちに嘘はないようだね」

 「一人で逃げるようならあたしもあんたを見捨てるつもりだったさ」

 占い師は優し気に微笑むと男に名刺を1枚渡し、机と椅子をたたみ駅前の雑踏へと消えていった。


 


杜子春






.09 2017 小説 comment4 trackback0
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